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   <title>*注文住宅で快適生活*</title>
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   <subtitle>いい家に住みたいから、注文住宅。</subtitle>
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   <title>注文住宅の設備</title>
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   <published>2011-09-30T04:27:41Z</published>
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      実際、わたしたちは住宅のデザインや設備の多くの面が、家事の助けになるか、妨害になるかということで評価しています。


まるで回転するリスかごの中のような、終ることのない家の中の日常の仕事のうちでは、料理や皿洗いや寝具のかたづけ、家の清掃などはその目的がかなりはっきりしています。


住宅を主婦が毎日のこまごまとした仕事に従事している仕事場として考えれば、注文住宅も、主婦も、長年、企業活動で行なわれてきた厳しい評価のように技術的な能率の良し悪しで評価することができます。


過去には、家庭生活の神聖な場所にはめったに適用されなかった能率ということが、時間の計画性、空間と行動の研究、家事に関する思いつき・・・


時間の節約になる便利な小道具などとともに今や家庭経済の主流となっています。


まだ発表されていない研究によれば、動力洗濯機を持っている家族は持たない家族と同じくらいの時間を洗濯にかけていることが指摘されています。


・・・というのは、機械があると主婦はより多くの洗濯物をより何回も洗濯しようとするからです。


このような研究は価値があります。


なぜならそれはあらゆる種類の住宅内の設備の水準を徐々にひき上げています。


しかし、もしわたしたちがこれを家と家族を解くかぎとしてとり入れるならば、皆が必要だと感じてはいるが明確化しにくい幅広い評価方法のかわりに、最も安易な方法で科学的な形になった評価方法を取り入れるという落し穴に落ちてしまうことになります。


      
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   <title>住宅の機能</title>
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   <published>2011-09-12T04:26:30Z</published>
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   <summary>大部分の家族にとっては、今住んでいる不完全な住宅も、実際には良く機能しています。...</summary>
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      大部分の家族にとっては、今住んでいる不完全な住宅も、実際には良く機能しています。


多分、正確にはそうでないはずですし、進歩的な建築家の鋭い焦点の眼から見ればなおのことであるはずですが・・・。


しかし家族のあてる焦点の眼は建築家のそれほど鋭くないので、本当に黒自のはっきりした欠陥だけををひろいあげ、住宅というものをかなり大ざっぱな定義で評価しがちです。


注文住宅の機能についての精密な評価に必要なこまごまとした細目の多くは、普通の住人が気づくにはむずかしすぎます。


主婦は流しの右手に物を置く場所がないために皿洗いに21%も余計な時間がかかっているなどということには全然気づいていないのです。


この認識の水準要因をひきあげるために社会科学者たちは、直接観察、検査、測定の方法を導入しました。


工業技術者からは時間と運動に関する研究を拝借し、それは台所の操作に応用されました。


・・・このような改革によってわたしたちは、科学がついに住宅の分野に入ってきたことに気がついたのです。


しかし、このアプローチにしても効果的な家の管理の規準なるものをそのまま主な評価基準として採用しています。


恐らく住人も建築家も科学者もこれでは限界があることを認めるでしょう。


      
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   <title>多様な注文住宅と行動パターン</title>
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   <published>2011-08-30T04:24:50Z</published>
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      進歩的な建築家は、現代デザインの長所は、その住宅に住む経験を通じて始めて理解できると思う一方、お客のほとんどにはそんな経験がないので、お客のにせの「要求」に対抗すると考えられる将来の住心地を、客の眼の前で麗hしくみせびらかし・・・


それによってお客を誘導し、古臭いデザインの住宅を設計しなければならないというカセから自由になろうと望むのです。


「要求」と「気に入らない」の間に介在する公海を埋めるため、社会科学者も建築家も、注文住宅の中や周辺における実際の活動状態を家族から聞き出し・・・


これらの「利用パターン」を分析することによって、現在の住居がいかに良く「機能」しているかを推定し、他の家族のためにもっと適当なデザインを見つけ出そうとします。


・・・家族は実際に台所で食事をとっているのか。


もしそうなら、中産階級顔はやめて、素直に食事室のついた台所を設計しようではないか。


労働者の家族はつめ物の多過ぎだ大きな家具を使っており、それは認められるべきではないか。


もしそうなら、住宅団地の計画には大きなゆとりを取っておこうではないか。


・・・このアプローチにも乗り越えがたいむずかしさがあります。


人間行動には無限の弾力性があるので、さまざまなタイプの家族が、たまたま住みあわせた住宅の、非常に多様な構造に合わせて彼らの利用パターンや住居習慣を適応させ、それほど大きな不満や失望を抱かないものです。


この現実を直視しましょう。

      
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   <title>住宅市場について</title>
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   <published>2011-08-10T04:23:27Z</published>
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      自らの住宅を所有し、仲間に自らの地位をひけらかすといったような表面に出ない価値感のすべてが出しゃばってきて、水を濁らしてしまいます。


社会科学者の第二のアプローチは、裏側から問題に取組むやり方でした。


住んでいる住宅のどこが気に入らず、いらいらの元になっているかという類です。


・・・このやり方は建築家や、建築業者の明々白々とした見過しを摘発する上では見事に成功し、たとえば、うまく計画された収納空間を増やすことによる改善に与って力あったといえるでしょう。


「余りに押入れが少な過ぎますわね」


・・・という愛知　注文住宅に住む奥様方の知恵は、市場の一要件となりつつあります。


これら二つのアプローチを比較してみると、おおよそ二つの異なった種類のデータを提供していることが判ります。


「要求と選好型」アプローチは、その住宅に住む以前の段階で、住宅を探している人たちの注意を惹くような効果的な売込みの文句は一体何であるかを解く鍵を与えるものです。


「気に入らない」型のアプローチは、その住宅に住んでいる間に経験する、明らかな機能障害の有様を顕わしてくれます。


進歩的な建築家にとって、これらのいずれも、不満です。



      
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   <title>住宅設計と家族の価値観</title>
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   <published>2011-07-24T04:22:11Z</published>
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      何年も前から、考え深い建築家や住宅設計家たちは「良く機能する」注文住宅とは何かということを問い続けてきました。


過去の誤りの意味するところを率直に考え直して、住宅設計の良し悪しの実際的な知識を感覚的に積み上げて来ました。


時折、彼らはそのような大まかなやり方に不満を抱いて、住宅のあるべき姿と、家族の活動との間がもっとしっくり調整されるように、家族の生活についてのもっと信頼できる知識を求めて、社会科学者の助けを求め、望みを託しました。


・・・大方のところ、社会科学者たちの助力には限界がありましました。


彼らの援助への努力は、一般に次の四つの路線のいずれかを辿っており、建築家の眼から見るとそのいずれにも欠陥がありましました。


社会科学者は家族の住宅に関する「要求」と「選好」を尋ねてきましたが、スベンド・リーマー氏が指摘しているように、尋ねられた人は、たまたま現在思い浮んだ住宅に関する要求をそのままさらけだし勝ちです。


現在住んでいるところでは満たされている要求が見過されてしまい・・・


たとえば、彼と同じ社会的階層に属する他の家族が獲得しているものとの比較で辛く感じている要求を前に押出すのです。


      
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   <title>より良い生活をするために・・・</title>
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   <published>2011-07-06T04:20:23Z</published>
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      荒地の上に第1段階から手をつけるのと、既存の村や町を中心に都市づくりをはじめるのではどちらがより良いのでしょうか。


・・・この中には、諸社会科学にたいする一連の問題指摘がされました。


そして、このリストを長く続ければきりのないものになるでしょう。


計画者、注文住宅を建てる建築家、その他の住宅専門家たちによって性急に出されている問題のむつかしさは主として選択と、思い切った切り捨てができるかという点にあります。


ここはたくさんの問題についてその複雑さと重要性とを示したに止まっています。


しかし、いかに皮相的と言われようと、多様な実りある社会科学の研究を展開するためにはわたしたちの当面している諸問題の広さと多様なことをいくら強調してもよいでしょう。


そして、不充分ではあっても、この論文は具体的な問題を記したものであって、一つ一つの問題は完全な証明はできなくても、何らかの形で日常の仕事の中で解答されなければならないものです。


社会的な研究がわたしたちの決定を解明できるようになれば、それだけ家族とコミュニティ生活のより良いフレーム・ワーク作りが進むのです。



      
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   <title>望ましい家づくり</title>
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   <published>2011-06-23T04:19:03Z</published>
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      工場の分散に関する圧力と、国防のための全般的拡散によって、急速に公的な焦点となりつつあります。


・・・しかし、まったく新しいニュー・タウンを奨励することは住宅家や計画家たちに別の重い責任を負わせることになるでしょう。


英国では約60000人が妥当な都市の人口とされていますが、このことは米国でも言えることでしょうか。


望ましい社会の大きさと、家づくりは・・・


そして、自給自足の体制を作るにはどうしたらよいでしょうか。


多様な諸機能を包含し、ある程度横断的な人口構成を持った最適規模の都市を短期間に造ろうとすることにはいくつかの固有の問題があります。


すべての居住者と、社会制度がまったく新しいこのような環境の中で健康なコミユニティを発展させるにはどうしたら良いのでしょう。


計画に先立って市民団体や雇用者等を組織して計画に参加させ、その運営にあたらせるべきなのでしょうか。


わたしたちは伝統的にある程度の混合社会をつくり得る「小都市」を良しとする観念を持っていますが、ここに中産階級や専門職の家族を引きつけることは非常に困難なのではないでしょうか。


      
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   <title>コミュニティと注文住宅</title>
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   <published>2011-06-09T04:17:41Z</published>
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      特に英国の諸都市では、むしろ中心地区の人口を下げ、郊外のアメニティの標準と対抗できるようなより良い都市を造ろうと考えています。


しかし、都心の混雑をあまり急激に減らそうとすれば、過剰人口は都市の限界を超えて動こうとするでしょう。


都市が大きすぎ、間引く必要があるというのは本当なのでしょうか。


そして人々はどこへ行ったらよいのでしょうか。


いずれにしても遅かれ早かれ、再開発はたくさんの問題を提起することになるでしょう。


さて、次の可能性は英国で行なわれてきたものであって、注文住宅のような多様な住宅型と工場等を組み合せ、新しい自足的な都市を形成しようとするものです。


「ニュー・タウン」はもし中心地区の混雑を救う必要があれば一層の分散を行なうことは不可欠です。


しかも旧都市に少しずつ付加していくよりは良いものであるという仮説にもとづいています。


新しいコミュニティは公的な諸施設や雇用の機会を用意できるほど大きくなければなりません。


一方ではその大きさは制限され、農村や公園のようなグリーン・ベルトによって他の都市地域から保護されている必要があります。


しかも、それは人々が容易に他の都市やコミュニティに出かけて行くことのできる場所になければならないのです。


最近まで米国ではこうした問題について当局はあまり関心を持っていませんでした。


      
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   <title>注文住宅の立地について</title>
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   <published>2011-05-18T04:16:37Z</published>
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      人種障害に満ちている都心で黒人を強制的に移住させようとする公的行為に対して、最も深刻で尖鋭な人種問題がでてきています。


劣悪な住宅に住んでいる人々の救済はスラム・クリアランスを行なう前に郊外の空地に低家賃住宅を建設することによって最も良く解決することができます。


・・・しかし、多くの地方の住宅建設当局は市域内でしか事業を行なっていません。


そこでは適当な空地の取得は困難で、高価であり、中産階級の住居地域では公営住宅の侵入には抵抗があります。


取壊された地区を再利用しなおすための指針とはどんなものがあり得るでしょうか。


注文住宅立地地域の開発に際して密度や住宅型を決定するにはその都市の社会的、経済的な要求が前提となる必要があります。


たくさんの都市で従前の住民の2～3倍を収容する高層住宅計画が行なわれています。


・・・しかし、こうした住み方を希望する住民がほとんどいない場合には、こうした方法が真に住宅問題を解決し、長い目で見て中心地区の住民を救うことになるだろうかという深刻な問題がでてくるのです。



      
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   <title>イメージ・テクノロジー</title>
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   <published>2011-05-05T08:37:07Z</published>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nosybe.info/">
      パンフレットにした時に、最も好ましい印象を与えることを目的として、商品の開発は行なわれます。


その際に駆使されるのは、イメージ・テクノロジーとでも呼ぶべき技術です。


その意味で展示場住宅で技術的に最も優れているのは、構法でも新素材でもなくてパンフレットを作る技術であり、その際に用いられるイメージ・テクノロジーです。


・・・以上四つの原則によって、展示場住宅は世の中に広まり、そして西洋の注文住宅文化は日本人にとって身近なものになりました。


ここはそのことの功罪を問うのが目的ではありません。


しかしただ一つはっきりしている功績は、このことによって、ある種類の建築家の存在理由が、完全に否定されたという事実です。


それは西洋住文化の「移入業」を営んでいた建築家達です。


この種の建築家達は、今や一種の「並行輸入業者」になったわけです。


もはや単なる輸入業務をしていたのでは「並行輸入業者」は商売に勝てません。


「芸術」で味づけるか、人柄で売り込むか・・・。


「並行輸入業者」は新たな展開を迫られているわけです。


      
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   <title>展示場住宅について</title>
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   <published>2011-04-28T08:35:28Z</published>
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   <summary>置かれた家具、小物は一流品であり、広角レンズによって部屋は異常に広く見えます。 ...</summary>
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      置かれた家具、小物は一流品であり、広角レンズによって部屋は異常に広く見えます。


モデルルームという現実の空間を眺めている時でさえ、実はパンフレットで作られたこのイメージを見ているのです。


・・・そしてもしこの住宅を手に入れれば、パンフレットの世界がそのまま自分のものになると錯覚してしまいます。


展示場住宅が画期的だったのは、その出来上がりの状態が、家を建てる前からわかるからだという話があります。


その論に従えば、岐阜　注文住宅をデザインする建築家に頼んだり町の大工に頼んだら、どんな家になるか出来上がるまでわからないということになります。


・・・しかしこの論は基本的に誤っています。


展示場住宅が画期的だったのは、その出来上がりとは異なる状態を、あたかもその出来上がりの状態であるがごとく錯覚させる技術にたけていたということです。


そしてその技術は、現代人の写真に対する絶対的信頼を、巧妙に利用したものでした。


それゆえここでまたコピーという言葉を使うなら、展示場住宅はコロニアルのコピーでもチューダースタイルのコピーでもなく、まさしくパンフレットのコピーです。



      
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   <title>「現実は写真を模倣する」</title>
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   <published>2011-04-20T08:34:24Z</published>
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      わたしたちは実物を見る時に、それが写真に写っている姿と同じ姿をしているように見えてしまうという癖があります。


・・・つまり実物を無垢の状態で、白紙の状態で眺めることができません。


オスカー・ワイルドによれば


「自然は芸術を模倣する。」


・・・そして今日においては「現実は写真を模倣する」のです。


注文住宅や展示場住宅のカタログは、このようなわたしたちの習性を最大限に活用したものです。


つまり展示場住宅の外観も、インテリアも、まるでパンフレットに載っている写真のように、人々の目には映るのです。


美しい白樺の木立に囲まれて建つ「わが家」、庭には季節の花が咲き乱れ、ガレージにはBMWが止まっています。


部屋の中に足を踏み入れれば、グランドピアノを弾く娘と、ソファにすわってパイプをくゆらす父親・・・。


登場人物はモデルさん達ですから、娘は飛びきりかわいく、父は貫禄と気品を兼ね備えています。


      
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   <title>おしゃれな雰囲気の住宅</title>
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   <summary>人間がそういう仕組みを持ったものであることを、展示場住宅のメーカーは熟知していま...</summary>
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      人間がそういう仕組みを持ったものであることを、展示場住宅のメーカーは熟知していました。


展示場住宅につけられている理屈はこうです。


つまり大量生産による低価格、大企業の開発力を結集した高品質、高性能・・・。


しかし実際のところ、人々はこんなものにひかれたのではありません。


注文住宅や展示在住宅の持つ、「しゃれた雰囲気」・・・


つまり西洋的雰囲気にひかれているのです。


ただしそこに合理性という大義名分がついていることが、彼らを攻略するための絶対条件でした。


ハビタの家具は装飾という不合理なものを排した合理性が売りものでしたし、デニーズの売り物も駅前のトンカツ屋にはない合理性でした。


これらはすべて合理主義の仮面をかぶった「舶来品信仰」としてまとめることができます。


第四はそのイメージを売るに際して、写真の効果を最大限に活用したこと。


・・・つまり彼らは写真を多用したパンフレットを作り、それを販売の武器としたのです。


      
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   <title>西洋を取り入れて・・・</title>
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   <published>2011-04-07T08:31:11Z</published>
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      本質的な移入について言うなら、建築に限らずどんな領域でも、かつて日本に本質的移入などあったためしが無かったのです。


あったのはただ「移入業者」同士の、「本家争い」ならぬ、「本質争い」であり・・・


「本質」をほのめかして知った顔をする「知的移入業者」です。


そしてアーキテクト派の項でふれたように、「知的移入業者」とはほとんどの場合建築家のことです。


第三は合理性を謳文句にしながら、実は西洋のイメージを売ったこと。


今でも名古屋　注文住宅などは西洋風のものが人気です。


これはハビタの戦略であり、デニーズの戦略でもあります。


単に西洋を売るだけなら、人々はこれほどの勢いで飛びつくことはありません。


少なくともハビタ派や展示場派の人々は飛びつかないのです。


理屈がついていなくてはいけないのです。


・・・そしてまた理屈だけでも、人は動くものではありません。


      
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   <title>折衷式の注文住宅</title>
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   <published>2011-04-03T08:29:46Z</published>
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      西洋の住宅文化を、今日あるように日本人にとって身近なものとしたのは、すべて注文住宅と展示場住宅の功績です。


それを可能にしたのは次の四つの原則です。


第一は折衷を少しも恐れなかったこと。


コロニアル様式に寄棟の屋根が載り、南の庭に面した大きな引違いのサッシがついていても、少しも恥ずかしがらなかったことです。


第二はウワベだけの移入であることに徹したこと。


西洋人の生活はこんなではない、居間とは元来こんなものではない、西洋の家に対する哲学はこんなものではない、西洋の住生活の理念はまるで生かされていない・・・


そういった批判にはまったく耳を貸さず、もっぱらウワベだけの移入、皮相的な移入につとめたこと。


本質的な移入が、ウワベだけの移入の後についてくることを、彼らが信じていたかどうかはわかりません。


たぶんそんなことはまったく頭のなかに無かったに違いありません。


そしてたぶんそんなものはいつまでたってもついてこないものなのです。


      
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